ピナクルズ

 1992年12月27日。パース(Perth)から北へ約280kmのところにある、ナンバン国立公園(Nambung National Park)へとクルマを走らせた。目指すは奇岩群ピナクルズ(The Pinnacles)。西オーストラリア訪問時の目的地として、一番初めに心をひかれた場所だ。
 いざ、パースを出発!
 ダーリング・ハイウェー(Daring HWY)をひたすら北上。パースからしばらくの間は大小の街が続くが、やがて家並みも消え、左写真のような風景に。車道はアスファルトで舗装されているが、路肩は赤茶けた土のまま。
 オーストラリアのハイウェーの制限速度は、郊外では100km/h。ワゴンタイプの乗用車や大型トレーラーが頻繁に行き交う。
 クルマを走らせること2時間半。ナンバン国立公園の入り口にさしかかった。
 一旦ここを通り過ぎて、クルマを先に進めた。“ワディー・ファームズ”を訪れるためだ。ここは天文雑誌などでも時々登場する。素泊まりだけの宿泊も可能なキャビンがあり、また、マネージャーの手によるフランス料理も絶品とのこと。「ランチは是非ここで。」と決め込んで向かった。しかし、あいにくの定休日。実はクリスマスと合わせて「ボクシング・デー」という祝日の制度があって、営業を休む店舗が多い。オマケに日曜日だ。「おそらく休みだろう。」という覚悟で行ったのだから仕方ないのだが……。入り口の門まで行ってみたが、出迎えたのは定休日を知らせる黒板と小さなトカゲとワイルドフラワー。気持ちに諦めをつけ、引き返した。
 再び国立公園の入り口へ。“Pinnacles”の文字を再確認してクルマを進める。
 ところが、目指す奇岩群はなかなか姿を見せない。それもそのはず。先ほどの看板の「200m」とは、どうやら国立公園の“入り口”までの話らしい。実際にはここから起伏の多い丘の中をひたすら走ることになる。とは言え、制限速度は100km/h。ドライブが好きな人には気にはなるまい。
 1時間もかからなかったと思うが、ようやく海辺の小さな街、セルバンテス(Cervantes)に到着。休日のためか、通りには人影がほとんど無い。それどころか、家並みもほとんど無い。「ここが街?」寂びれた街という印象が強い。
 クルマを進めると小さなガソリンスタンドを見つけた。給油。軽い食事もできるようだったので、テーブルにつき夫婦そろって「ハンバーガーのランチセット」を注文。出てきたハンバーガーの大きさにカミさんはビックリ。オーストラリアのハンバーガーはとにかく大きい。フライドポテトも多い。コカ・コーラもすごい。前回の訪問で、私はそれを思い知らされていた。学生時代の私は、日本国内のハンバーガーなら4〜5個くらいペロリとたいらげていた。その私が2個半食べるのがやっとだったのだ。だからその時の反省を活かして、私も1個だけにした。海辺の街らしい海の雰囲気のする味付けに大満足。 
 給油と食事を済ませ、いよいよピナクルズへ。と思いきや、我々の目に飛び込んできたのは見渡す限りの青い海。インド洋だ。クルマを路肩に停め、海岸へと足を運んだ。ジープが砂浜を疾走して来た。砂浜はオフロード車の走行コースになっているらしい。我々の傍らを通り過ぎたところでスタック。でも彼らは楽しんでいる様子。
 海辺でしばらく波と戯れ、再びピナクルズへの道へ。道は未舗装。しかもかなり荒れている。幾筋もの轍にハンドルをとられることも多く、気が抜けない。本来なら4WDでないと安心できないような道だ。初心者にはオススメできない。
 道の両側にはブッシュが生い茂っている。その中に何かが動いているのを発見。なんと野生のエミュー(Emu)だ。動物園でしか見たことがなかった、ダチョウに次ぐ世界で2番目に大きい鳥。左写真の中央に少しだけ写っているのがお分かりだろうか?
 クルマを進めると、突然カミさんが叫んだ。「あっ!鹿だっ!」指差す方向に目をやると、確かに鹿にも見えるがちょっと違う。カンガルー(Kangaroo)だ。
 そう、この辺一帯は、野生のカンガルーが見られることで有名でもあるのだ。カンガルーは本来夜行性。と言うより、昼間は暑さを避けて出歩かないのだ。夕方やや涼しくなったころ、出没するようになるのだ。
 最初のうちはなかなか見つけられなかったが、慣れてくるといたるところに彼らが居ることに気づく。彼らはこちらの動きに警戒しつつ、さりとて驚いて逃げ惑うわけでもなく、我々との距離を保っている。ブッシュの間に見え隠れしながら、かなり長い時間我々の目を楽しませてくれた。
 それにしても良い表情だ。動物園のものとは雰囲気が明らかに違う。何よりも顔が精悍だ。そう見えただけか?
 親子と思われる2頭や、おそらく夫婦なのであろう2頭など、複数で見られる場合が多かった。
 私もカミさんも大はしゃぎ。
     
 ようやく奇岩群のお目見え。
 小さな丘を越えたところで、それは目の前に姿を現した。遥かかなたまで大小さまざまな岩の群れが続いている。何とも奇妙な光景だ(左写真)。
 道端には黄色い花をつけた高木があった。「クリスマス・ツリー」と呼ばれているらしい(右写真)。
 ピナクルズに到着すると、道は未舗装ながらも、凹凸が少なくなり、走りやすくなった。砂丘地帯なので、スタックしないかと心配したが、周回用の道を外れない限り、砂が固く締まっていて、タイヤが埋もれることは無かった。
 それにしても異様な景色だ。“荒野の墓標”と例えられていると聞いてはいたが、いざ目の前にしてみると、なるほどうなずける。奇岩群の間を埋める砂はサラサラとしていて、海からの風で刻まれた風紋が美しい。
 ピナクルズの成因にはいろいろな説がある。原生林が化石化したという話もある。
 石灰岩地帯のこの一帯は、かつて森林に覆われていた時代があった。その時の樹木が根を地下深くへと伸ばし、石灰岩を侵食。その後、表土が失われて現在のような姿になった、というのが最近の説。
 「ピナクルズを見るなら日没間際がいい。」と現地の人は言う。その言葉を信じて日没を待つ。夕日に照らされ、奇岩群が次第にオレンジ色に染まってくる。素晴らしい光景。しかし、そう長くは続かない。夢中でシャッターを切った。
 奇岩群をシルエットに、三日月の撮影を考えていた私は、撮影の準備を始めた。ところが西の方角に何やら光るものが……。「まさか!」
 その「まさか」だった。夕立だ。距離は遠い。だが不安だった。先ほどと風が変わったのだ。「こんな砂漠の中で嵐にあったら…。」と思うとドキドキした。とりわけセルバンテスの街までのダート道が心配だった。そんな私の不安をよそに、カミさんはビデオをひたすら回していたのだが……。
 現地時刻の20時ころ、撮影を開始。どうやら嵐はこちらには向かって来ないようだ。興奮しながらシャッターを切りつづけた。南半球では三日月の欠け方が違う。いや、欠け方は日本と同じだ。違うのは月に対する地平線の角度。日本では右下が輝いて見えるのだが、オーストラリアでは左下が輝いて見える。ちょうど新月前の「有明の月」のように。月の上には金星と土星が輝いていた。20時15分撮影終了。
 ピナクルズを後にし、我々はパースへと急いだ。途中で大雨。そう、我々は先ほど撮影していた稲妻の持ち主である雷雲と遭遇したのだった。パースに到着する頃には、雨は上がっていた。
 この晩の宿を探し、遅い夕食をとった。長い一日だったが、何とも素晴らしい光景の数々に、興奮はなかなか冷めなかった。

もどる